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Nekthyの歴史
_Nekthy結成サークル選びで入りたいと思えるサークルが見つからなかった竹本は新しいサークルを作ることを決める。そこで元々、出身の甲陽学院高校にはサッカーをやる集団があったので、フットサルをやるといえば人が集まるのでは?と考えた。そして4月28日に最初の6人が集まる。それが竹本・柳田・野村・榎原・亀谷・橋本だった。名前を決めることにしたが、竹本が独断で全員の頭文字を並べて名づけることにし、色々並び替えた結果、語感のよいNekthy(ネクシー)とすることに決めた。 _サークルの方向性 活動の方向性が定まっていなかった初期、竹本としてはミニゲームをひたすらする遊び系サークルを考えていた。しかし、柳田はやるからには強くなろうという考えがあり、結局練習をすることになる。竹本は会長ではあるもののサッカー系は完全な初心者なので、練習指揮や作戦面はすべて柳田と姫島に任せ、サークル運営全般を竹本がしていくことでサークルを動かすことにする。また、竹本は京大に根強く残るサークルにするために公認を申請し、甲陽生以外もどんどん積極的にメンバーを入れたいと考えていた。しかし、野村は甲陽生だけによる内輪サークルを熱望していた。まぁ所詮野村の意見なんで即却下。 _メンバー加入と初期メンバーの脱退 そこから甲陽同士の口コミやホームページを見た人からのメールで徐々にメンバーが増えていく。甲陽だけしかいなかったNekthyにも新しい風が吹きこみ、マネージャーも加入。しかしテニサーとの両立が難しいと亀谷が脱退してしまい、Nekthyのkが欠ける。そして12人になる。 _初めての新歓 ノウハウも無く新歓はあまり本格的にはできず、資金もないのでおごることもほとんどできなかった。黒板に少し書いてCMするなどのお金のかからない方法はやっておいた。チラシの枚数も3000枚程度で他のサークルよりも少なく、チラシを見た人は少ないかもしれない。しかし何故か知らんけど1回生がたくさん来てくれてずいぶん人も増えていった。今は30人近くで練習してるらしいね。サンクス。 _初合宿in岡山和気 初めての合宿を実施すべくマネが場所選定を開始。一度は茨城でと決まったが、交通費があまりに高く、交通費のせいで合宿費が高くなるという憂き目に。そこでもっと近いところ、ということで岡山和気に行くことに急遽変更。そのため、参加できなくなるメンバーもわずかにいた。ホントごめんよ、あいむそーりー。で、岡山にて合宿。偶然遭遇した立命のフットサルサークルと練習試合をしたり、練習したりした。めちゃめちゃ疲れてたからか2日目の夜の飲み会では我を失うやつ続出。歴史に残るスタートでした。あと、火災報知器鳴らしてごめんなさい。 今んトコこんな感じです。 |
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